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ライオン ティモン


ティモン

ライオン ティモン(メス)
1996年8月13日 多摩動物園生
1999年10月14日 円山動物園に来園 ジェスパ(オス)と同居
2007年3月21日 ジェスパ死亡
2007年7月5日 リッキー来園
2007年11月27日 げんき(メス)ゆうき(メス)出産
2008年1月4日  げんき・ゆうき 一般公開開始
2010年4月27日 げんきは那須サファリパークへ、ゆうきは釧路市動物園へ移動
2016年5月25日 アフリカゾーンのカバ・ライオン館へ引っ越し
2016年6月22日 慢性腎不全、急性肺炎により死亡


10歳

ティモンと初めて会ったのは、2005年。
ガラス越しに間近で見るライオンには、驚きと感動がありました。
多摩動物園時代のティモンは、群れから少し離れた場所にいたようで、
円山動物園に来園するきっかけとなったようです。

ジェスパ

円山に来園し、同居生活を始めた相手は、ジェスパ。
1983年4月16日生まれ、13歳年上の大御所でした。

看板

2007年は亥年でしたが、いの「しし」ということで、
こんな看板も、館内に設置されたことがあります。
23歳のジェスパは、年明けからは、老齢のため、動きもスローになり、
観覧制限が敷かれるようになり、
2007年3月21日16時42分 死亡が確認されました。

公開初日

2007年7月5日には、富士自然動物公園からオスライオン(当時5歳)が来園。
2007年8月6日から一般公開され、公募された愛称の中から、「リッキー」が選ばれました。
ついこの間まで、23歳の大御所と同居していた後で、
まだタテガミも生えそろっていない、5歳のリッキーを見たら、
子供に見えてしまうかもしれませんね。
一般公開を前に、何度か同居訓練を行っているうちに、
お互いパンチをし合ったようで、リッキーの顔には名誉の負傷が・・

出産前

同居後間もなく妊娠。
出産直前まで、穏やかに2頭で過ごしていました。
2007年11月27日、2頭の赤ちゃんを出産。

2008年2月

年明けの2008年1月4日から、ライオンの赤ちゃんの公開が始まりました。
当初は、オスメスの2頭だと思われており、
オスはげんき、メスはゆうきと命名。
(当時、北海道を元気に!という言葉もよく使われていました)
後に、げんきもメスであることが、発表されました。

キナコ

その頃、エゾシカ・オオカミ舎の建設が行われており、
熱帯動物館屋外のひとマスに、キナコが間借りしていました。
ライオンの赤ちゃん公開で訪れる人が、熱帯動物館外まで並び、
その様子に警戒したのか、一時食が落ちた時もあったそうです。

しっぽ

しばらくは、リッキーが裏側のサブ、ティモン親子が手前の部屋で暮らし、(時々交代)
時間限定で「リッキーと親子の同居訓練」が行われていました。
赤ちゃんたちは、リッキーに乗ったり、タテガミで遊びたい。
リッキーは、タテガミに触られると、おそらく痛いのでしょう、とても嫌がります。
赤ちゃんたちを守るために、ティモンは、いつもピリピリしていました。
ティモンの気持ちもわかる、
リッキーも、恐妻とやんちゃ娘に挟まれ、大変そうなところも同情出来る。
そんな同居訓練の頃が、一番賑やかだったかもしれません。

パンチ

2008年5月18日、ようやく仔ライオンたちが、屋外デビューを果たし、
屋外でも、楽しいやりとりが見られるようになりました。
ティモンは、基本的に、子どもたちを守るために一生懸命でした。
時々、なんでここでパンチ?という事もありましたが、
それは、夫婦感で何かあったのでしょう。(笑)

2009年

子どもたちも立派に成長し、それぞれの地へ旅立って行きました。
幸せなことに、それぞれ赤ちゃんに恵まれ、現在も元気に暮らしています。

2010年

2頭暮らしになり、年齢も重ね、少しずつ丸くなってきたティモン。

2011年

お互いが、かけがえのない存在になっていったことでしょう。

2012年

扉の一部は、色が剥げています。
ティモンやリッキーが、こうして前足で擦っているからです。

2013年

伐採されたアカマツが置かれ、爪とぎとして使っていたティモン。

2014年

鶏肉、馬肉が基本メニュー。
時々、骨やヒヨコ、魚などももらっていました。
ガラスの目の前で、肉を食べる様子が見られるワイルドタイムは、
いつもお客さんでいっぱいでした。
飼育員さんが手渡しで肉を与えながらのトレーニングも、
進んでいるようでした。

2015年

台の丸太が外され、アフリカゾーンの新居へと運ばれました。
2015年に行われるはずだった引っ越しは、1年延期となりました。

ティモン

ティモンらしい?顔。

ティモン目

伸び~をするときの、かわいいティモン。

熱帯動物館

雨の日などは、ガラス前のベンチに座って、
のんびりと寝ている姿を見る、静かな時間。

寝る

5月25日に、新居へ移動後は、布がかけられて非展示状態。
ティモンが辛そうな時は、リッキーと部屋が分けられていたようで、
リッキーの開けろパンチ(ガラスや扉に)が続いていたようでした。
パンチが聞こえると、ティモンは体を起こし、少しシャキッとするけれど、
再びバタンと横になる・・
頑張っているのかなと思いました。
もう一度会いたかったなと、欲張りな気持ちもありますが、
美しいままで頑張り抜いた姿を見させてもらったと、感謝しています。
2006年から10年分の映像を、探すのも繋げるのもなかなか大変でしたが、
思い出の一部を集めました。
記録として残ればと思います。
こちらは、げんきとゆうきの2歳の誕生日の時に作った、スライドショーです。
最も濃密に寄り添った期間の思い出です。
楽しい思い出しかないティモンが亡くなってしまい、
とても寂しいですが、
それ以上に、動物園の楽しさに気づかせてもらい、感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとう、ティモン。

コメント

  1. ミポミポ より:

    素晴らしい動画を作成して頂きありがとうございます。見る度に号泣してしまいますが何度も見てしまいます。BGM もとてもマッチしていて懐かしさとティモンらしさを感じます。happy birthday の動画同様これからも何度も拝見する事と思います。何も語らぬ彼らの感情がこんなにも私達の心に突き刺さるのは、彼らの感情表現が豊かな事とそんな一瞬を逃さずとらえてくれる技術のおかげだと思います。2006年の若いティモン…子育ての時の嬉しそうなティモン…子供達が新天地に旅立った日の寂しそうなティモン…語り尽くせない思い出をありがとう!みんなにこんなに思われてあなたは幸せものだよ!
    そしてMAYU 様…リッキーとティモンを伝えてくれてありがとう!間違いなく私の人生観を変える出合いとなりました。これからもリッキーの事…伝えてくださいね!

  2. TOYO より:

    今日は、本来ならティモンの20回目の誕生日でしたね。
    アフリカゾーンも正式オープンしていないからか、まだティモンが亡くなったという実感がわいていません。
    多摩の実力者ウメさんの娘だったティモンが、どのような経緯で群れになかなか馴染めないと判断されたのかはわかりませんが、円山では、若くしてジェスパお爺ちゃんに仕え、ジェスパを見送った後は年下のリッキーと(色々ありながらも^^;)仲良く過ごしたりと、気が強いようでいてとても柔軟性と度量のあるメスライオンだったと思います。
    10歳を過ぎて2頭の娘に恵まれてからは、強く優しく賢く、子供思いの素晴らしい母親ぶりも見せてくれました。げんきとゆうきも本当に良い子たちでした。
    MAYUさんのライオン日記で、人間模様ならぬライオン一家の成長とライオン模様を見せていただくことで、どんな動物でも、人間と同じように、一頭一頭それぞれ個性や好み、相性があり、その時々で様々な感情を持ちながら生きているのがわかりました。MAYUさんとライオン一家のおかげです。ありがとうございます。
    まだ暫く夏日が続くかもしれませんが、お体お気をつけて、これからもブログの更新宜しくお願いします。
    誇り高いメスライオン、ティモン、ありがとう。安らかに。

  3. サラダ野菜 より:

    令和元年6月、円山動物園に行きライオンのリッキーさんとご対面出来ました。
    元気で安心しました。又近い内に行きたいです!

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