
1997年4月8日 東山動植物園(名古屋市)で生まれる 父ジル 母ルビリン
1999年10月25日 円山動物園に来園
2010年12月13日 おびひろ動物園へ移動
2012年12月7日 円山動物園へ帰還
2016年8月18日未明 慢性腎不全により死亡 (19歳4ヶ月) 円山動物園HP 解剖検査結果
最近は、高齢、腎臓の機能低下のためなど、食欲不振や体調を崩すことがあり、
それでも毎回、元気を取り戻してくれ、気づけば、オスでは国内最高齢。
タツオの生命力の強さには、感服しきりの日々でした。
この強さのまま、20歳も夢ではないかもと祈っていましたが、
その祈りは届かぬまま、タツオは天国へ旅立ってしまいました。
とても残念です。

熱帯動物館では、よくガラス際で休み、その美しさとド迫力で来園者を魅了。
熱帯動物館時代は、基本的にアイと通年同居。
給餌の時だけは、部屋を別にし、個別給餌。

勇ましい吠え声で、泣いてしまう子供もいるくらいでした。

丸顔で容姿端麗ゆえ、女性ファンも多い。

雪のシーズンも、一番上の台だけは、除雪して積雪なし。
タツオの指定席のように、佇んでいました。
ワイルドタイム(給餌)で寝室に入る時は、アイが先に入っていくことが多かったですね。
タツオは、ゆっくり入って行きました。

オシッコの臭いなどを嗅いだ後の、フレーメン顔。
朝、屋外に出て一番に水場に入ったり、午後14時台にも、よく水に入っていたことを思い出します。
1度見てみたかったのは、アイとの混浴。
いつも、交替で入っていたシーンばかりでした。

オスのリングが来園することになり、
タツオは、当時トラ不在だった、おびひろ動物園へ移動することに。


残念ながら、この2頭でも繁殖に至らず。

アジアゾーンが完成し、おびひろから、直接新居の寒帯館へ入居です。
12月12日のグランドオープン時は、タツオが公開されました。

発情が来た時だけ同居という形でした。
年を重ねることに、少しずつ性格も丸くなり、動きもゆったりとしていきました。


右は、同腹兄弟のストロング。1997年4月8日生まれ、2010年9月7日死亡。(おびひろ動物園)
同腹兄弟に、もう1頭メスのジュナもいました。1997年4月8日生まれ、2008年7月2日死亡。(安佐動物公園)
ルビリンも、当時国内最高齢と言われ、19歳3ヶ月のご長寿さん。
タツオは、母より、兄弟より、もっと頑張り、19歳4ヶ月まで生き抜きました。
お疲れ様でした。
同じ時間を過ごせて、嬉しく思います。ありがとう。
特に、熱帯動物館時代、ネコ科猛獣で囲まれるあの場所では、至福の思いでした。
若い頃のタツオは、ワイルドタイムなどでは、よく吠えていました。
「食事中はお静かに」という張り紙もあったなあ・・(^^)
一番長く寄り添っていたアイも、寂しいでしょうね。
がんばれ、アイちゃん。




コメント
MAYUさん、思い出の映像ありがとうございます。
いつ見てもかわいくてカッコイイから気づいてなかったけど
こうして続けて見てみると やっぱり老いてきていたんですね・・・
ビー玉のような目が大好きでした。
帯広でのスポットガイドでお肉を食べていた姿が
なぜか忘れられません。
タツオの死は心にぽっかり穴があいた感じです・・・
映像をたくさん載せてくださってありがとうございます。観ていてまた泣けてきました。。まんまるお顔とお目々のタツオ。キナコが亡くなったとき、涙にくれていた私を慰めるかのように笑ってくれた(・・ように見えた)のが忘れられません。
冬にもう一度会いたかったのですが、叶いませんでした。でも本当によくがんばってくれました。
ありがとう、タっちゃん。ゆっくり休んでください。
いつもお疲れさまです!
いつも、ホッキョクグマを見に来てる人ですか?
写真撮るの上手いですね!
私もホッキョクグマが大好きです!
ポストカードが家にたくさんあります!
mayuさん、タツオの思い出の映像ありがとうございます。
円山に行く目的は北極クマ達とタツオ(アイもね)でした。
年を重ねてからも童顔のままでしたね。
あの世でルビリンやスロトングと再会したかな。
寂しくなりました。
今度はアイちゃんに会いにいくね。
MAYUさん
お久しぶりです。
「タツオ」の記事をアップしてくださり、ありがとうございます。
実は里帰りして16日に円山動物園に行ったばかりでした。
タツオが見られなくてがっかりしましたがその2日後に
亡くなるとは……悲しいです。
あの堂々とした姿が忘れられません。世界でも珍しいアムールトラ、もっと長生きしてもらいたかったです。
Rest In Peace.